2005年09月10日

東和町小学生殺害事件

犯人は顔見知りの高校生

 下校途中の中学3年生がふざけてカバンをけった同級生をナイフで刺殺(2月4日、埼玉県所沢市)、中学生ら少年グループが浮浪者を襲い殺す(2月5日、神奈川県横浜市)など少年による凶悪犯罪が続いた昭和58年。この年の4月には、岩手県中央部の東和町で、高校生が小学生を殺害するという衝撃的な事件が起きた。事件のあった東和町は、宮沢賢治を生んだ花巻市に隣接し、猿ケ石川流域を中心に豊かな穀倉地帯が広がる町。民話のふるさととして全国に知られる遠野市へも車で30分ほどの距離にある。
 この事件が発生した当時、東和町は町議会選挙の真っ最中で、桜が咲き始めた町内を拡声器で候補者の名前を連呼しながら選挙カーが走り回っていた。4月21日午後4時55分ごろ、同町南成島の県道沿いにある廃止されたバス停待合室(二畳ほどの粗末な小屋)の中で東和町立成島小学校1年の熊谷修ちゃん(6つ)が、あお向けで頭から血を流し倒れているのを、たまたま通りかかった選挙カーの候補者らが見つけ、地元の花巻署に通報。警察官が現場に駆け付けるとともに、救急車も現場に急行。修ちゃんは、救急車で県立東和病院に運ばれたが、そこで死亡が確認された。
 修ちゃんが発見された現場は町のほぼ中心部にある町役場から東へ約3・5キロの地点。昼間でもほとんど人通りのない閑散とした水田地帯の一角にあり、一番近くの民家でも約80メートル離れている。修ちゃんの自宅は現場から南へ300メートル坂道を登った所にあり、同署は当初、下校途中のひき逃げ事件として緊急配備を敷いた。
 ところが現場から約200メートル北にある猿ケ石川の矢崎橋の上に県立東和高校一年生A(15)のカバンと帽子が落ちているのを、緊急配備中の警察官が発見。カバンの持ち主であるAの行方を捜していたところ、午後7時ちょっと前、現場から約4キロ離れた東和警察官派出所近くで自転車に乗っていた、高校一年生としては大柄なAを見つけた。警察官が事情を聴くと、「ひもで首を絞めた」と犯行を自供したので、殺人の疑いで緊急逮捕した。

愛用の自転車を壊され逆上

 Aはどうして小学生を殺したのか。犯行当日の行動をたどってみよう。犯行があった21日朝、Aはいつも通り朝7時に起床し、カバンやクラブ活動で使う柔道着を持って自転車で家を出た。この時は特に変わった様子はなかったという。しかし家を出たものの、学校へは行かず、犯行現場となったバス停待合室付近を流れる猿ケ石川の水門付近でブラブラして暇をつぶしていた。家族に内緒で学校を無断欠席した後ろめたさを感じながら、時間が過ぎるのをただ待っていたのである。
 Aが学校を休んだのは、友人と自宅近くの空家に侵入したことで、事件前日の20日、先生から注意されたうえ、警察の取り調べを受けたという噂が広がり、学校に行くのが嫌になった、からだ。
 夕方近く、矢崎橋の上から、魚釣りをしている子供たちをぽんやりと眺めていると、ピカピカのランドセルを背負い下校途中の修ちゃんが通りかかった。時間は午後4時前のことである。家が同じ方向だったので、Aは高校入学祝いに親から買ってもらった新品の自転車を押しながら修ちゃんと家路につき、途中、殺害現場となったバス停待合室に立ち寄った。
 無断欠席を家族から叱責されることへの恐怖から、家がとても遠くに感じられ、すんなりと家に帰る気分ではなかったのかもしれない。Aの証言によると、犯行現場となった待合室前に自転車を置くと、修ちゃんはしきりにこの自転車に乗りたがった。それを断ると、修ちゃんは自転車をけって倒した、という。大切にしていた自慢の12段変速付ドロップハンドルのスポーツ車を倒され、そのうえランプ用発電機の泥よけを壊されたことで、Aは頭にカッと血がのぼってしまう。
 「何でやる。やめろ」
 Aは血相を変えて、怒鳴りつけた。しかし、修ちゃんは謝らず、待合室内のイスにふてくされたように横になった。これでAは逆上し、修ちゃんの頭を踏みつけたうえ、持っていた柔道着のズボンのヒモで首を絞めた。さらにグッタリした修ちゃんの首の後ろを、長さ30センチほどの"金串"様のもので5回ほど突いて"とどめ"を刺したのである。
 修ちゃんを殺害した後、Aは矢崎橋の上で出会った友人に「警察に行くのでカバンと帽子を自宅に持って行ってくれ」と頼んだが、この友人はカバンと帽子を橋の上に置いたまま帰宅し、それを緊急配備中の捜査員が発見。Aは現場周辺を自転車で走り回った後、事件を届け出ようと派出所に向かいウロウロしているところを見つかった。

マンガの残酷シーンをまねて"とどめ"を刺す

 "とどめ"を刺したことについてAは、「週刊少年ジャンプ連載の『ブラックエンジェル』のまねをした」と取り調べの中で供述。この劇画は、ふだんはおとなしく気が優しい主人公の青年が、悪人を見つけると「地獄に落ちろ」のセリフとともに愛用の自転車のスポークで首をひと突きにして殺すというストーリーだ。
 主人公の自転車はドロップハンドルのスポーツ車。この主人公にあこがれていたAが乗り回していた自転車も同じタイプ。修ちゃん殺害の凶器に使われた"金串"は、自宅の物置にあった銅鉄製の棒の先をグレンダーで鋭く研いたもので、カバンに入れて持ち歩いていた。劇画の主人公に成り切っていたのである。
 Aは祖母と両親、兄、妹の6人家族。無口でおっとりした性格で友人からからかわれることが多かったと、当時、学校関係者がマスコミの取材に答えて話していた。小学校時代に事故で頭を打ち、その後遺症で時々頭痛を患い、中学校やクラブを休むことがあったとも言われる。
 県内はもとより、全国に大きな衝撃を与えたこの事件で、盛岡家庭裁判所は同年5月30日、Aの医療少年院送致を決めた。
posted by thnews21 at 14:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 【実録・岩手の事件簿】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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