2006年10月06日

岩手山を望む観光と農業のまち 岩手県・旧西根町(現八幡平市)

 
不毛の地を開拓し生まれた大更御新田

 南西に岩手山、北に七時雨山がそびえ、その山々に囲まれた盆地に美しい田園風景が広がる大更、平舘、田頭、平笠。肥沃な土壌に恵まれ、奥羽山系を源とする松川、七時雨山に源を発する涼川の豊富な水資源をもとに古くから稲作が盛んに行われてきた。 
 文治5(1189)年、西根全域を含む岩手郡は鎌倉御家人の工藤氏の所領となり、工藤一族らによって平舘、田頭の水田開発が進められたようだ。その後天正年間(1573〜92)に、平舘城を拠点として平舘、田頭、平笠を治めていた平舘氏は一千石を有していたというから、当時すでにこの地において米の栽培が盛んに行われていたことが伺える。
 一方、大更は大きな湿地帯、荒れ地を意味するアイヌ語に由来しており、稲作に適さない土地だった。しかし元禄10(1697)年、南部藩主行信が、この大湿原に着目し、御側御新田(おそばごしんでん)として開拓に着手した。
 御側御新田というのは、藩主のお手許金によって開拓される新田のことで、新田からの年貢は藩に納めるのではなく、藩主の内帑金(ないどきん)、いわゆるポケットマネーとして藩主やその一族が自由に使えたという。
 新田開発に優れた手腕を発揮した新田奉行の高橋佐伝治らのたゆまぬ努力と農民の労苦が結実し、四十年後の元文3(1737)年には、生産高千百五石の美田として大更御新田が誕生。不毛の土地だった大更に戸数207戸、人口1041人の大きな村が出来上がった。
 大更の農民は、南部藩主の御直百姓(おじかびゃくしょう)としての誇りを持って、米の栽培に励んだということである。

人馬の往来でにぎわった沼宮内街道

 明治初期まで西根町内を通る陸上交通の幹線は、盛岡から平笠、田頭、平舘、寺田を通過し、七時雨の厳しい峠越えを経て、安代町の荒屋、田山、そして鹿角に至る鹿角街道(津軽街道)だった。現在は西根町内を南北に貫く国道282号線がその役割を担っている。
 また藩政時代には、地域の人々は鹿角街道以上に沼宮内街道の利用し、沼宮内街道は村の暮らしを支える大切な道路として多くの人馬が行き交った。
 それは、沼宮内には代官所があったし、馬のせり市も開かれていたほか、村で生産された米や雑穀などの取り引きも沼宮内の商人を相手に行われていたからだ。村人は、馬や農産物を売った金で、村では手に入らない塩、魚、衣類などを沼宮内で買って帰ったという。

町に活気をもたらした松尾鉱山
 
 こうした村に初めて”鉄道”が登場したのは大正4(1915)年のことである。松尾村の松尾鉱山創業に伴って、松尾村屋敷台と大更間の道路を利用し、人力による手押し車(トロッコ)を走らせる軌道を敷設、鉱山鉄道が開業した。松尾鉱山から産出された硫黄を満載したトロッコは、大更を目指し走り続けた。
 その後鉱山が発展するにつれ、鉱山鉄道も大きく姿を変え、昭和4(1929)年には馬車からガソリン気動車へとパーワーアップ。戦後間もない同26年には、東北本線より16年も早く電線電化を実現。その後上野から東北本線、花輪線を経由して東八幡平駅(旧屋敷台)への直通スキー列車も運行された。
 しかし地域の人々に親しまれた鉱山鉄道も同47年、東洋一の硫黄鉱山として隆盛を極めた松尾鉱山の閉山により、あっけなく廃止されてしまった。
 一方、大正8年には平館と玉山村好摩間に岩北軌道が正式開業したが、それから3年後の同11年に花輪線好摩〜平館間が開業したことにより、廃止の憂き目にあっている。

啄木の祖父母の墓がある平舘の大泉院
 
 平舘には、岩手の生んだ天才詩人、石川啄木の歌碑が平舘駅構内、大泉院境内と同庭園、それに平舘高校通りの四カ所にある。
 啄木にとって平舘は、父である石川一禎が生まれた地であり、馴染み深い土地なのである。一禎は、大泉院で仏門に入り、のちに岩手郡日戸村の常光寺、渋民村の宝徳寺の住職を務めながら、啄木を育てた。
 大泉院には啄木の祖父母や一族の墓があり、平舘には啄木の血族30人ほどが暮らしているという。

女性を中心とした伝統行事、平笠裸参り

 毎年1月8日に行われる平笠裸参りは、平笠の宮田神社から大更の八坂神社までの約12キロを、家内安全、無病息災、豊作などを祈りながら練り歩く伝統行事。岩手山の噴火を恐れた村人たちが、山神の怒りを鎮めようと、享保4(1719)年に岩鷲山権現に奉納したのが始まりといわれる。太平洋戦争中には出征した夫や息子の無事を祈る女性たちが参加したことから、いまでは女性を中心とした行事として定着している。
 同町の西にある岩手山焼走り溶岩流は国の特別天然記念物。岩手山が噴火し、吹き出した溶岩が冷えて固まってできたもので、長さ約3キロ、最大幅約1キロに及ぶ。周辺は国際交流村として日帰り温泉、天文台、キャンプ場などの施設が整備されており、多くの観光客を集めている。牧歌的な風景が広がる七時雨山麓も素晴らしい。 
 平成17年9月1日、安代町、松尾村と合併し、八幡平市として新たな歴史をスタートさせた。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/24973280

この記事へのトラックバック