2006年01月03日

玉山村主婦殺害事件(下)

遅れた遺体の発見

 犯行から2日目の朝を迎えた平成3年12月11日午前8時45分ごろ、マサさんが寝室の布団の上でふだん着のまま頭から血を出して死んでいるのを、次男が発見し、警察に通報した。同居している長男、次男は同じ屋根の下で変わり果てた姿となったマサさんと1日以上一緒にいたことになるが、二人は農作業などの関係で日ごろからマサさんとはすれ違い生活が多く、11日朝に遺体が発見されるまで顔を合わせなくても不審に思わなかったらしい。
 マサさんの寝室は玄関から20畳ほどの板の間を抜けた和室。タンスの前には失血による多量の血痕があり、畳から浸透した血が床板まで達していた。寝室からはナイフなどの凶器は見つからず、争った形跡や寝込みを襲われた様子がないことから、顔見知りの犯行ではないかとみられた。寝室のタンスの引き出しが一カ所、開いたままになっており、預金通帳などが入っていたかばんが無くなっていた。司法解剖の結果、死因は首を切られたことによる失血死と断定された。
 
預金引出伝票の指紋が決め手に

 事件発覚後、高橋は「海外に行く」と言い残して姿をくらました。犯行から1週間ほど経過した12月16日、妻が待つフィリピンを目指し成田空港からマニラ首都圏ケソン市に渡航。約1カ月で日本に戻り、妻と一緒に水沢市内に確保したアパートで暮らすつもりでいたようだ。
 捜査本部は、犯行翌日の12月10日午前、北上市内の銀行2支店から盗まれた預金通帳で現金を引き出した不審な男の割り出しに全力を挙げた。
 高橋が容疑者として浮上する決め手となったのは、銀行の預金引き出し伝票に残された指紋だ。この指紋が、県内で過去に起きた「詐欺」まがいの事件に関係して採取された高橋の指紋と一致することを捜査本部は突き止めた。年が明けて平成4年1月2日までに、盗まれた銀行預金通帳と印鑑を使って現金を引き出したとして有印私文書偽造、詐欺などの疑いで、高橋を全国に指名手配した。
 捜査本部は、これまでにも度々フィリピンに渡航した経験があることから高橋の逃亡先を同国とにらんだ。出入国関係記録を調査しフィリピンに出国したことがほぼ確実と判断し、国際捜査協力に基づき警視庁を通じ同国捜査当局に「国際手配」した。
 フィリピン入管当局などは1月22日、高橋がマニラ首都圏ケソン市でフィリピンの妻と暮らしているところを発見し、27日になって強制送還。マニラ発の日航機が公海上に出たところで高橋は岩手県警捜査員に逮捕された。

控訴せず無期懲役が確定

 強盗殺人、詐欺などの罪に問われた高橋被告に対する判決公判は、4年7月27日、盛岡地裁で開かれ、裁判長は無期懲役を言い渡した。
 論告求刑公判で検察側は「金銭に窮した被告が、全く落ち度のない被害者を周到な計画のもとで殺害したもので、情状酌量の余地は無い」などとし無期懲役を求刑。それに対して弁護側は「被告は当初、怖さから犯行を否認したが、今は犯した罪の大きさを心底から反省し、被害者のめい福を祈る毎日だ。酪農業の失敗がもとで道を誤ることになったが、元々はまじめで気の優しい青年だった」などと寛刑を求めていた。
 被告側は控訴せず、無期懲役が確定し、服役した。
posted by thnews21 at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 【実録・岩手の事件簿】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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