総選挙が30日公示されたが、NHKの選挙報道がどうもおかしい。公示日の定時ニュースでは、郵政民営化への小泉首相の熱弁を冒頭で長々と流し、郵政民営化に反対する者は国の将来を危うくする"非国民"である、という思いを多くの国民に抱かせた、衆議院解散当日記者会見での首相の必死さを再現していた。余談だが、この首相記者会見での"名演説"は、ニューヨークでの同時多発テロを受けて国際社会に対して「米国の味方になるか、テロリストの味方になるか」とシロかクロかの決断を迫った米国のブッシュ大統領の演説とそっくりだった。そしてNHKのニュースで小泉首相の次に登場し郵政民営化の必要性を強調する公明党の神崎代表。この二人を際立たせることで、国民に郵政民営化こそが最大の争点であるということをアピールしようというNHK側の意図がありありと透けてみえた。
30日夜7時のNHKニュースは、さらに異常だった。冒頭の「党首に聞く」で最初に登場した小泉首相は、また郵政民営化についての持論を長々と語り、自由に自らの主張を展開した。年金、外交、増税などほかのテーマについてはほとんど語らなかった。首相に対するNHKの政治部記者、アナウンサーの質問は遠慮しがちで腰砕けだった。次に登場したのが民主党の岡田代表。冒頭の自由な主張時間は、小泉首相のそれに比べて10分の1ほどの短さに感じた。あっと言う間に自由時間を使い切ったところで、前出の政治部記者、アナウンサーから「小泉首相は、郵政民営化に反対する民主党についてこういっているが」「あれについてどう思うか」など、小泉首相の時の低姿勢とは打って変わって、厳しい質問を投げかけ、岡田代表を困らせる場面もあった。
翌31日、朝7時のNHKニュースも同じでひどかった。冒頭部分でまず、小泉首相の街頭演説での郵政民営化についての主張が繰り返し放送され、その後に岡田代表の発言が続くお決まりのパターンである。郵政民営化について熱く語り、民主党が郵政民営化に反対なのは郵政関係の労働組合に遠慮しているからだ、と声高に叫ぶ小泉首相の後では、どうしても岡田代表はかすみがちだ。選挙期間中、こうしたニュースを聞かされ続けることは、小泉自民党にとって強い援軍となるだろう。今回の選挙で小泉自民党が勝つとすれば、NHKの貢献が国民の投票行動に大きく影響を及ぼした結果だ。
NHK側の演出は、党首の演説だけにとどまらない。28日午前のフジテレビ報道2001で、自民党の武部幹事長が司会者の質問に答えてつい「2007年度に消費税を上げる」と認めてしまったことについても、ほかの新聞、テレビがそろって取り上げるなか、NHKは午後7時のニュースで流さなかった。
30日には、首相官邸前が騒然となる事件があった。「自公連立政権阻止」のビラを積み、自ら運転する車で首相官邸に乗り込もうとして警官に阻止され、刃物で自分の体を傷付け重傷を負った長野県の主婦の一件だ。私の知る限り、この事件についてもNHKは沈黙を守った。政府に不利になるニュースは徹底的に無視するつもりだろうか。
これではまるで政府発表のニュースしか放送できない北朝鮮の平壌(ピョンヤン)放送、戦時中の大本営発表と同じだ。フジテレビや日本テレビでさえ、もっと公平にニュースを扱っている。NHK首脳部の顔は、国民ではなく、首相官邸や自民党本部のある永田町を向いているのだろうか。質の高い番組を数多く制作し国民の期待に応えているNHKだけに、一連の世論操作的な選挙報道は残念の一言に尽きる。NHKのニュースに絶大な信頼を寄せている多くの国民のためにも、不偏不党を貫き、公平な報道を期待したい。そうすることが、国民に大きな利益をもたらすはずである。
それにしても、今回の選挙費用は国、地方自治体あわせて約800億円と言われ、国家財政が疲弊するなかで小泉首相暴走の代償はあまりにも大きい。小泉首相は「自公連立で過半数を取れなければ退陣する」と言っているが、小泉首相のいう「郵政民営化の是非を問う国民投票」のわりには、目標が低すぎる。それを言うなら、「自公連立で衆議院の3分の2以上の議席を確保できなければ、退陣する」というのが正解だろう。そうでないと、再び参議院で郵政関連法案が否決された場合、同じように廃案になってしまうからだ。選挙結果にかかわらず、参議院で再度否決される可能性は高い。参議院で否決、それならまた衆議院を解散。小泉首相の精神構造ならやりかねない。


